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フォーカスで演じ分ける 

こんばんは柴田です。
今日ランチで今年初サンマを食べました。
脂がのってて身が大きくて、ワタも臭みなくべろりとキレーに食べ尽くしました。
美味しかったー!
ウマくて安くて栄養がある、そんなサンマみたいなイカした奴にワタシもなりたいです。

さて、ここ数日は前回でも演ったLIFEの稽古をつけてもらってます。
産まれてから死ぬまでの女性の生涯を演じるのですが、
む、難しい・・・・。
特に自分より年上の年代になってくると何だか本当に分からない。
経験したことしかできない・・・(まあ厳密に言えば経験したことももちろんできてない)。貧困な想像力です。

で、演出から言われた事は「視線のフォーカスを使い分けろ」

?????

曰く、
チビの時は世界は漠然とつかみ所がなく視線はさまよっている。
フォーカスの合ってない状態。

成人するとある程度世界を把握しつつある。
活達な肉体は自由自在。フォーカスがぎゅっと寄ったり急にパンしたり。

老いてくると自分という世界がより明確に限定されてくる。濃く、狭く。
どんどんフォーカスは絞られていく。でもそれは若い頃のような急速なものではなく
気を抜くと途端に拡散してしまう焦点を、意思の力で収縮させているような懸命さ。
残り少ない生命の炎を全力で注ぎ込んでいる感じ。

前回の時も、年寄りは無駄な動きはしない、世界を把握しているから一番最短の道筋を心得ている。と言われ町中でじじばばを観察していると、なるほど本当にそうだ。時々ねじが切れてんのか?と思う程、動かない。無造作ということは決してない。全て的確に運ぶ。
一方、ガキンチョは世界が何たるかを知らないから無駄に動く動く。
ひたすら無駄にありあまるエネルギーを発散させている。

む~何となく頭では理解できそうな気はするけれど、果たしてそれが演じられるか。今回の一番の難関課題です。

それにしても電車に座って向かいの席の人々を観察していて、
皆、何気なく座っているけど、そのひとりひとりに親があって産まれて色んな、色んなことをひとつひとつ経験して各々がそれぞれにかけがえのない思い出を持って、今ここにいるのだなあと思うと胸が衝かれる思いがします。
思いはオモイ。そんな砂袋を背負って皆歩いている。
LIFE的観点で世界を見ると大江戸線に乗っただけで号泣してしまいそう。
なんだかただの危ない人みたいですが、そのことを考えたら他人を傷つけたり、戦争したりなんてとてもできないと思うのです。
どんな生命にも気の遠くなる程の愛情と時間が注ぎ込まれている。


なんだか話が大きくなってしまって収集がつかないのでこのへんで。
長々と失礼しました。
明日もバッチリガッチリ稽古です!!




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明日もがっつりやるよ。

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