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悪魔の言い分 

「申し上げます。申し上げます。旦那さま。あの人は、酷い。酷い。はい。厭な奴です。悪い人です。ああ、我慢ならない。生かして置けねえ。」
こう息せき切って始まる太宰治の「駆込み訴え」
ユダがキリストを売る為に祭司長たちのもとへ行った際でのたたみかけるような独白の迫力ある短編です。
裏切者としての判を未来永劫押されたユダですが、この「駆込み訴え」を読むと
ユダという人物が愚かしく、滑稽で、嫉妬深く猜疑心の塊で計算高く、でも純真で単純な所もあり、とても人間らしく愛しささえ感じます。
ユダはキリストに恋をしているのです。
どんどん自分の妄想の中で追いつめられて行く姿は哀れであり、どこか共感を覚えるのはワタシだけでしょうか?

実はスクラプスにもこの愛すべきユダに似た登場人物が出てきます。(演出にはユダではないと言われましたが、ワタシの中ではこの「駆込み訴えのユダ」がぴたりときます)
とは言ってもストーリーの中には殆ど出て来ないので観た人にそれと分かるかどうかは曖昧ですが、妄想倶楽部の中で裏ストーリーを辿っていくともう一つの彼の物語が浮かび上がってきます。
手の届かないものへの憧れ、苛立ち、絶望、自棄
ついにはその大切なものをめちゃめちゃに壊してしまう。「どうせ、手に入らぬのなら・・・」
ユダに言わせれば「悪者にも悪者なりの言い分がある」
確かに分かる。けれども最後の引金をひいた後に見える風景はどんなものでしょう。
それは聖書のユダの最期を読めば何となく想像がつきます。

なんて実際には出て来ないシーンに色々思いを馳せる毎日です。
それにしても光の方へ飛んで行く蝶よりも、じめじめした石ころの裏にへばりついているゲジゲジやダンゴムシの心に共感してしまう。それはワタシがゲジゲジした性質だからか、もとより人間というものはそういう暗い部分をたくさん抱えているものなのか。

何はともあれ太宰の「駆込み訴え」はぐいぐいと引込まれる傑作です。
最後の一句を読んだ瞬間、ビビビと鳥肌立ちました。おススメです。




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